こんにちは、ネイティブしまもと60年、途中パリに抜け駆け20年、住み続けたい町に戻って、お絵描きしながら住み続けている画家の私に、字を書けという話。
本来、絵描きって文字や記号を信じてない。“あかい林檎”と言われてもねえ。
さて、しかし、この注文が来た時、パッと頭に浮かんだ私のこの町の原風景の一つがあります。
それは、今から50年余り前、私が小学校低学年だった時、島本町立第二小学校に登校している時、調子橋から見えた風景。第二小学校の一番古い校舎、防音壁も何もない名神高速道路、田圃、それだけでした。桜井の山の端から天王山の端まで見えていました。第二小学校の山のきわまで、うっすらと朝靄がかかっていました。調子橋から曲りながらの通学路は、水田と水無瀬川の中を登校しているということでした。黒い牛が田鋤きをひっぱっているだけでした。2頭いた気がします。
そういえば、調子橋から見て右手にある山の一部は採石場と言って、午前に一回ぐらい、発破というダイナマイトの爆破があって、爆破前に、サイレンが鳴りました。教室にも、もちろん聞こえます。高学年になると上の階に教室が移るので、教室の窓から、爆破の砂煙が見えました。それは、高学年生の特権です。そこから、砂利をダンプカーが山盛り積んで、今のセブイレのある東大寺の交差点を国道に向かってぶっ飛ばして行きました。もちろん、山崎に住む僕達の通学路でし
たが、卒業するまで、誰かが轢かれたという事は聞いたことが無かったです。当時の第二小学校の小学生は、エンジンの排気ガスというのが珍しく、文明の匂いだ、と思っていたのか、よく砂利を満載したダンプカーの後を、排気ガスだ!と叫んで追いかけたものでした。結構、ハイになっていたのかも知れません。
と、それだけのことが一瞬私の脳裏を過ぎたのですが、それをどうするわけでもありません。
通り過ぎたものは放っておけ。
そんなことより、せっかくデジタル信号の中にいるのだから、字を読むなんてせずに、大変興味深い、島本町民皆さんのInstagramの投稿を見ましょう。
本当は、YouTubeからの私の本日の一曲で、コラムたるもの充分と思っているのですが、一発目ですので、そうもいかず、字を書いてみました、ちがう、打ってみました。
本日の一曲:Lee Perry ;Iry Iry
あとは、私が見つけた島本町民による島本町のための島本インスタです。取り敢えず、私の場合は、川口元町長が、今日、昼食に何を食べるか、オーガニック料理マンマさんの本日のランチメニュー、あとは、湯も湧いたで、昭和湯です。毎日の事ですので、正しい島本チョイスでございます。
◦ kawaguchi thanks ◦ yumma-organic-café ◦ 1126-yumowaita
◦ cocobakery minase ◦ nanairosya ◦ yumizu 03 ◦ mizaumarofan
◦ shimamoto-tambo ◦ afumi:kotakahashi ◦ cafe-cafe-muse
◦ hiruhinata 625 ◦ hanamone45 ◦ takeuchi .flouwer ◦ minoya-1960
◦ okamura-shoten-tea ◦ okamurasyoten-baozi ◦ udon-kagiu
◦ chugoku shun saiajisai ◦ maladiets ◦ da-masaki
加國哲二